==選択と集中の未来 後世への遺産==

 

みなさんこんにちは。平素は鳥の巣釣り場をご愛顧いただき誠に有難うございます。

鳥の巣半島の入り口でハマボウの喬木が花が咲いています。内ノ浦干潟公園の周りに植えられた群落でも開花が観られます。花は時間と共に黄色から薄いピンク色に替わり、やがて散っていきます。

釣り場の水温は梅雨の中休みの厳しい暑さで30℃を窺うレベルまで上昇し、直近は28~29℃前後で変動しています。雨が降れば一気に2℃ほど下がり、陽射しが戻れば急上昇するというなかなか厳しい環境です。

海はグリーンがベースで、目を凝らせば極く薄い野菜スープ状態にあるようで、植物プランクトンの繁茂を窺わせます。従って透明度はやや低めとなっています。紀州の民にはもう少し明るい黒潮系のコバルトブルーに振れて欲しいとの想いがありそうです。

7月前半のチヌ類は0.8匹(1人当たり)となり、先月よりやや下振れでした。ただこの数にはアジやアイゴハンター達に依って大きくなった分母が影響も出ているので、補正を加えればもう少し大きな数字になります。獲物の対象は20~30cm台が主体で、40㎝超級も幾らか揚がっています。水温が上がってきたためかハタ類の幼魚などがサイドメニューに加わってきました。

アジ類は一時ほど大物が揚がらないものの20~25㎝クラスがそこそこ釣れている状況です。直近はアジ類に混じって “シオ(=カンパチ幼魚)”が揚がっていますが、いつまで続くか・・・。

アイゴは昨年に比べれば”そこそこ~やや低調”と云った具合でわりと低空飛行が続いています。但し運に恵まれるとかなりの日も極ごくまれにある模様。

 

 水稲の穂花(鳥の巣半島の田んぼ)

 

近年、マスコミ等で大学の財政的苦境を採り上げるニュースが目に付きます。暫く前のA新聞の一面欄でも「大学が科学研究費助成金の増額を求める動きを強めている」と伝えていました。

これは国費を基にした競争的な研究助成金のことです。様々な研究補助金の中にあってその使途が比較的細かく制限されておらず、使い勝手が良いことから研究者のみならず研究機関では人気が高い研究費です。また獲得研究費の3割程度が事務等の間接経費として研究者の所属機関に付与されます。従って近年、どの研究機関も所属研究者に対して科研費の獲得を強く勧めており、中には教員・研究員に応募を(準)義務付けているところもあると聴いています。

とは云いつつも競争的資金であるからには当然ライバルが居ります。自分の研究が他人様に比べて如何に魅力があって且つ成果が望めるものか、応募書類の作成に誰もがしのぎを削ることになります。言葉は悪いけれど、鳥の求愛行動に似た状況が繰り広げられているとも云えます。また応募に対する採択率は最も助成額の小さい区分なら15%程度であるから(記憶の中では)、審査を通過する幸運な研究者はわずかです。

審査は人間がやることであるから、ある種のバイアスが掛かります。何度も審査員を担った某大学の偉いさんに聞いた話ですが、年度末近く(現在はもっと早期のはず)に100件を超える応募書類がど~んと届くそうです。書類は(文科省の)ヒエラルキーに従って、旧帝大、次いで他の国立大学からの出願書類が北→南の地理的配置に従って上部に置かれ、最下部は民間の研究機関などが占めているそうです。

審査員にとっても気力も体力も充実した最初と、疲れが溜まる最後の方では研究内容・計画に対する評価や判断力が違ってくるだろうし、例えば審査員Aの応募書類も誰か(審査員X)に審査されており、その彼・彼女らの顔が浮かぶこともあるでしょう(狭い世界ですから)。審査書類の中にそうした研究者の書類を見出せば、「そこに忖度や暗黙の協力関係が働く余地は無い」と誰が言えるだろう? こうした背景(疑念?)もあってか、審査過程におけるある種の不透明さに関する芳しからざる不満がしばしば漏れ聞こえてきます。

またIT社会に特有な事情として、情報が素早く社会全般に拡散しうる現在、アイデアや研究内容が似通った方向に収れんされやすいという状況が生まれている模様です。なにしろ、応募者も審査員も潮流から外れたくないから知らず知らずのうちに思考的に流され、研究の多様性が低下する懸念が生じています。ここにもグローバル・スタンダードに伴うマイナス面が現出しています。

大学や国の研究機関が独立行政法人化されて以降、政府から支給される運営費交付金が毎年減額されています。このため研究費の配分額を減らすなど涙ぐましい努力(?)をしているが、電気代や水道代の値上がりも運営そのものに追い打ちをかけている状況で、例えば暖房の温度設定は2℃ぐらい下がり、冷房は同程度上がったはずです。地球の平均気温が2℃も上下すれば大事件です。

運営費交付金の減額によって定年退職した教員の補充ができない、また研究費を減らされた現役の教員や研究員は外部資金が無いと学会に参加するための旅費が捻出できない状況が生じています。節約にも限度があり、高度な経営能力を大学人に求めるのも気の毒です。

「現在、日本の研究競争力が低下の一途を辿っている」というのはほぼ正しい見方で、それに対して官民あげて強い危機感が叫ばれています。状況を打開する一法として、政府は国際卓越研究大学の制度を打ち出し、数校に絞って莫大な金を投入して研究や教育の底上げを図ろうとしています。

こうした流れに対し先頃、「ブレークスルーの成果を得るには研究費を薄く拡く配った方が効果が高い」という研究結果が報告されていたことは既述の通りです。研究資金の過度な集中投下はこの研究結果に逆行する動きである。見方を変えれば弊害が叫ばれつつも“止まらない止められない”東京一極集中と同じような構図が研究領域に現出しそうな懸念を覚えます。

何より教育制度や知的財産、インテリジェンスの高い国民は未来への財産であるから、昨今の状況を鑑みるに、老爺は大いに憂いているわけです。