===2026年おめでとうございます===

 

新しい年が始まりました。寒波で荒れ気味の天候のなか、釣りには厳しい幕開けではありました。その後も断続的に荒れる日が巡って来ておりますが今後に期待を抱きつつ、今年もどうぞ宜しくお願い致します。

北風が吹き抜ける里地で水仙が盛期を迎えようとしています。この時期には白や黄色の花が花材として慶弔様々な箇所で目にします。一般に冬の花は長持ちするのが有難い点です。水仙に並ぶもう一方の雄はナンテンでしようか。鮮やかな赤い実が彩を添えると同時に野鳥の貴重な食糧となっています。生垣などには似たような赤い実をつける樹種を見かけるのですが、人気はナンテンに傾くようです。

今冬の釣り場水温は高め基調で推移しており、直近は17~18℃前後で変動しています。これは当海域の冬として高水温で、現時点で15℃を下回る日がなく、昨年に比べれば2~3℃あるいはそれ以上高い状態です。

昨年晩秋から一月以上続いた赤潮が正月の間に消え、この時期らしい透明感が戻ってきました。釣りには見通しが良すぎるきらいがありますが、筏の上から海底が望め、条件が整えば10m近い海底のパノラマが望めます。湾内への黒潮系水の流入が増した一方で、栄養塩の流入が減少したのでしようか!?

2026年初め(1月前半)のチヌ類は0.5尾(一人当たり:暫定値)となりました。サイズの主体は昨秋季に比べると25~30㎝前後とやや大型化してきました。また30cm超えもポツポツ姿を見せています。冬季は「生命反応なし!」と漏らしながら手ぶらで帰宅、ということが多いことを考えると、希望が持てるスタートと云えそうですが、問題は他魚種にも通じる天候です。

アジ類は20㎝前後が主体であるものの、日々の変動が大きく、数匹に留まることがあれば爆釣に近い日もという具合で、釣果予想がつかない状況です。湾内にウミネコが常在しており、また対岸の漁港の岸壁は連日賑わっており、魚群の存在が示唆されます。通りすがりに岸壁の釣りを目撃した限りでは小型の青アジが多いようでした。

この時期、田辺湾奥の岸壁近くに大型のボラが集結しています。筏周りにも。人影を視認しても逃避行動が鈍く、仮に一時逃避してもすぐに元の場所に戻ってきます。彼らは産卵行動中とみられます。

散歩途上の老夫婦から「魚を視ました。すごいですねえ」と声が掛かりました。「カラスミ造りができるのでは!」と返したのですが、分かっていただけたかどうか・・。昔はカラスミ作りを目的に釣り場にもボラを狙う釣り人の来場があったとか。

 

筏の海面に群れるボラ  

 

平成・令和の日本から消えた昭和の職業を紹介する書物は幾つかあります。またそこに紹介された職種以外にも既に失われたか消滅寸前の技術や技能(及び担い手)は数多くあります。

翻って令和の現在、昭和の歌謡曲は一部で根強い人気を博しているようです。実際、我が家の年寄りは大みそか恒例のN○○紅白歌合戦よりも他局の体に馴染んだ歌番組を視聴しておりました。昭和人間の当方も今風なのはどうも・・・で、昭和との高い親和性を再認識しました。

正月風景もずいぶん様変わりしています。例えば、街中を走る車のしめ縄飾りはすっかり姿を消しました。また神社の入り口や特別な場所に観られても、個人の家の玄関しめ縄や門松を飾る風習は失われつつあります。初荷“の幟を立てたトラックが走ることもありません。

かつて正月の子供の遊びといえば、男の子は凧揚げやコマ回し、女の子は羽根つきでしたが、漫画の”三丁目の夕日“の世界に留まってしまった観があります。今の子供は何をしているのでしよう・・・? 「う~ん、寒いから外へ出るのは嫌やっ!」とかうそぶきながらPC ゲーム・・・。

伝えられるところ年賀状を交換する人も減っているようですね。個人的には現役時代は三桁台の枚数を出していました。それを退職時に整理し、如何にも仕事関係というのは整理し相手の顔が見えるものに絞り込みました。

その結果、三桁に届くかどうかのレベルになりました。この10年ほどの間に物故されたり高齢で筆を執るのが困難になった等々で送付先が漸減し、いまは6割ぐらいまで落ちています。加えて近年は “賀状仕舞い”を伝える文面の賀状が毎年数枚届くので、巷に流れる年賀状の数となれば、これは推して知るべし、です。

年賀絡みでもう一つ。近頃は正月も数日過ぎてから賀状が届くケースが増えており、年が改まってから、あるいは届いた賀状を見て書く、さらにはメールでという人が増えてきたように想います。

賀状交換の風習が始まった初期はそのような流通形態だったそうですからある意味で先祖返りしつつあるのかも知れません。ただ郵便局(JP)にとって混雑回避のメリットがあるかも。

さて「この先年賀状書きをどうしますか?」ということになるのですが、“面倒”とか“時間がもったいない“とか考えず馴染んだ旧習を踏襲しようかと・・・。JPの宣伝に乗るわけではないけれど「相手の顔を思い浮かべながら一年に一度ぐらい筆をとるのもよいではないか」、という気持ちです。